プロフィール

 

本名 清水真理

1981年生まれ。新潟県新発田市出身。名古屋市在住。

O型。社交家のたぬき。

女性のための心理カウンセラーとして

しみまり流『わたしスタイル』でうまくいくを提唱。

私の想い

 

逃げ出したかった学校…

逃げ出したかった実家…

逃げ出したかった日本…

逃げ出したかった子育て…

逃げ出したかった自分…

 

様々なことから逃げ出したかった過去

そして、出産後にブチ当たった大きな壁…

それは、子育てを通して向き合うことになった『自分自身』でした。

ひとりのカウンセラーさんとの出会い。

交流分析という心理学との出会い。

信頼し合える仲間との出会い。

 

 

経験した過去が今、自分の選ぶ笑顔の人生になった。

紛れもない真実を軸に、必要としてくださる方のお役に立ちたい

私の精一杯を届けたいという想いを胸に活動しています。

 

わたしの過去

 

小学校では学級委員をほぼ全学年で経験。

部活の部長に立候補するなど、リーダー気質を発揮。

積極的に活動する活発な女の子でした。

 

しかし、高学年でいじめを経験します。

それは、グループでひとりを無視したり、仲間外れにするというものでした。

掃除用具入れに閉じ込められて、帰宅できないこともありました。

しかし、そのいじめによって自分自身を否定することはなく

自分は自分という気持ちで過ごしていました。

 

そんなわたしが中学2年生の頃、不登校になります。

今振り返るときっかけはひとつではないと思っています。

友達関係に敏感になり、学校での人間関係が面倒だと思うようになっていたこと。

過度なダイエットによる拒食症になり、食ベなくてはいけない給食の時間が苦痛になったこと。

ちょうどその頃、初めての海外旅行でマレーシアへ行き、世界観が広がったこと。

楽しくない行きたくない学校へ行く理由が見出せなくなりました。

 

2年に及ぶ不登校の末、カトリック系の女子高へ進学。

高校1年生の夏休み、短期留学でニュージーランドへ行き、学校生活とホームステイを経験。

高校1年生の冬休み、友人を訪ねて、ひとりニューヨークへ行き、自分で切り開ける世界を体感。

誰とも比べられずに、そのままの自分で生きていける開放感を感じたわたしは

「海外で自由にありのままの自分で生きていきたい!」という夢を持つようになりました。

 

19歳で大好きな米系某コーヒー会社へ就職。

夢実現のため約3年で退職し、単身シンガポールへ渡星。

 

 

20代前半、シンガポールで英語・中国語を学びながら現地生活にどっぷり浸かる。

20代後半、現地採用にて日系商社へ就職、営業・営業事務・経理などを経験した後、

大手日系企業へステップアップ転職をしながらキャリアを重ねました。

30代前半、現地で知り合った現在の夫と結婚。

夫の異動でインドネシアへ移住。

インドネシアで妊娠、里帰り出産の後、娘が5ヶ月の頃、日本帰国。

 

名古屋でのはじめての子育てがはじまります。

 

子育てで立ちはだかった大きな壁

 

はじめての環境、頼り先のない土地での『はじめての子育て』は想像を絶するものでした。

我が子との幸せな時間を想像していたわたしは

寝れない、食べれない、手が離せない、自分の時間がない、外に出れない、

抱っこしてないと泣き続ける娘との毎日に、体力気力ともに疲れ果て、

我が子が可愛いと思えない自分子育てを上手にできない自分が許せませんでした。

泣き声を聞くだけで、抑えられないマイナス感情がこみ上げ

違う部屋に行って耳を塞ぎながら、布団にうずくまって何度も泣き叫ぶ日々。

私はおかしくなってしまったんだろうか…自分を疑い、責め、失望します。

 

 

テレビで報道される母親の虐待に関するニュース

犯罪を起こしてしまいそうな…ギリギリの自分に恐怖心さえも感じました。

今まで感じたことのないイライラに戸惑い、

感情をコントロール出来ない自分が情けなく、

誰にも頼ることが出来ず、人に会うのが怖く引きこもる日々。

こんなダメな母親はきっと私だけだ…と感じていました。

子育ての日々から逃げ出したい!誰か助けて!と何度も何度も心の中で叫びました。

 

心理学との出会い

 

ある心理カウンセラーさんからの突然のメッセージ。

そのメッセージをきっかけに、心理学ベースの子育て講座『mama育』を受講します。

そこで、はじめて交流分析(Transactional Analysis)の考えに出会う。

*人は誰でもOKである。

*誰もが考える能力を持つ。

*自分が自分の運命を決め、その決定を変更することができる。

 

 

「もうだめ!」と思ってた私に解決法が存在すること。

自分が幼い頃に決めた「問題解決方法」や「思考癖」に気づき

それらが大人になって問題に直面した時、有効でないと感じたら

自分自身で変更していけるということ。

そして、直面した問題を少し角度を変えてみると、

向き合うべき対象はひとつではないことに気づきます。

わたし自身と向き合う中で見えてきたもの、それは…

*母親に認められたくて幼い頃に身につけた、「いい子を装う」という問題解決方法

*蓋をしていた幼い頃のマイナス感情(母親へ対する想い、寂しかった気持ち、甘えたかった気持ち)

*問題に直面した時に陥りやすい「わたしが我慢すればいい」「可哀想なわたし」という思考癖

 

蓋をしていた母親への気持ち

 

母は自宅でピアノ教室を経営し、

多い時は100名近くの生徒を抱えていた、バリバリのキャリアウーマン。

 

幼い頃から私の目に映る母は、ひとりの女性として自立していて、

好きを仕事にしていて、イキイキ輝いているように見えた。

私を幼い頃から子供扱いせず、ひとりの人間として、

何事にも自分に責任を持つよう育ててくれて、いい意味で干渉しない。

そんな母を私は尊敬し、大好きでした。

それは、大人になってからも変わりはありませんでした。

 

私を出産した後、母はわたしを祖母の家に預け、すぐに仕事復帰をしました。

寝る時間以外を祖父母の家で過ごす生活は、中学校を卒業するまで続きました。

 

いつも『忙しい母』というイメージがあり、

「母の邪魔をしてはいけない」

「いい子でいることで母に認めてもらいたい」という気持ちが強く、

もっと甘えたい、もっと一緒に過ごしたい、もっと話をしたい、

そんな気持ちが常にあったが…

そんな気持ちに蓋をして、当たり前の毎日として過ごしました。

 

母親に込み上げたマイナス感情

 

里帰り出産の頃から薄々感じていた違和感、

それは…

*母が娘のオムツを変えないこと。

*娘が泣くとすぐに私に戻してくること。

*里帰り中も私と娘を家に残し、夜遅くまで帰ってこないこと。

*お風呂に一緒に入りたがらないこと。

*お風呂のサポートを一切してくれないこと。

 

はじめの頃は…

あえてアドバイスや過度なヘルプをしない様にしてくれているのかな?と受け取っていたが、

もしかしたら…

母は子育てを祖母に任せっきりにしていた為、できないのかも?という疑惑を抱くようになり、

母の口から「子育てしたことないから!!」という言葉を聞いた瞬間、

ついに私の中の疑惑は確信に変わりました。

 

母は子育てを祖母に任せっきりだったから、私の苦労はわからない!!

私はこんなに子育てが大変なのに、全く頼りにならないし、助けようともしてくれない!!

そんなのズルい、母親として失格だ!!

なぜ、わたしばっかりこんなに辛い子育てをしなくてはいけないのか…

今まで母に対して感じたことのない、失望感、憤り、そして怒りを感じました。

しかし、そのマイナス感情を母に伝えることに抵抗がありました。

それはまだ、母に嫌われたくない気持ちが強くあったからなのでした。

 

わたしの心に起きた変化

 

心理学と出会って、信頼できる心理カウンセラーさんと出会って、

自分の気持ちと真剣に向き合うようになってから、

まずはじめに変化を感じた出来事、それは洋服を選ぶ時。

幼い頃からファッションの基準は全て母だった私は、

この服で母の前に行ったらどう思われるだろう…?

そんな事を考えながら、どこかで母に気に入られたいと思っていました。

それが、今、自分の好きな色、好きな形、好きなテイストの洋服を着て

出掛けられる事の楽しさに気づくことが出来た時、自分自身の変化を身をもって体感しました。

 

様々な変化を感じる中で、一番嬉しかったことは、

わたしは「決して愛されていなかった訳ではない」ことに気づき、

「母の精一杯の愛を受けながら育ててもらったこと」に対して

素直に『感謝の気持ち』が芽生えたことでした。

そして、その感謝を伝えられるわたしが今、ここにいること。

それは、母の日にお花をプレゼントしたり、結婚式で読み上げた両親への手紙など、

表面で伝える感謝とは違っていて…

日常の中で、自分の心に嘘なく、素直な気持ちで、母に感謝をできること。

そんな自分に気づいたのは、つい最近のことでした。

 

『自分で選択する笑顔の人生』

 

『わたしスタイル』を提唱する理由はここにあります。

誰かの基準にいつの間にか合わせて生きていたり、

自分の基準を見失っていることに気づかないまま、モヤモヤしていることがあります。

そのモヤモヤが出てきた時が向き合えるチャンス!だと、わたしは思っています。

自分で「気づくこと」がとても大切で大事だから。

自分で選択するものには責任が伴います。失敗しても誰のせいにもできません。

その代わり、覚悟を持って進んだ先には『自分に嘘なく笑顔で生きられる人生』がある。

わたしは自身の人生を持って、その言葉を証明して生きたいと思っています。

 

いつだってひとりじゃない

 

過去の困難な場面で、わたしは何度も絶望的な気持ちを経験しました。

振り返ると、そこにはいつも寄り添ってくれる『大切な人』がいました。

わたしが自分自身に✖️をつけていた時、

寄り添ってくれる人はわたしを『大切な存在』として受け止めてくれました。

そうなのです、誰でもどんな時も人はひとりでは生きていない。

わたしもあなたも『いつだってひとりじゃない♡』『大切な存在』です♡

そう感じられない方へ

わたしがあなたを『大切な存在』として受け止めたいと思っています。